微生物学研究室
免疫系と微生物との接点を科学する
ご挨拶
病原微生物による感染症は、いまも世界における代表的な死因の一つです。私たちの身体は常に微生物侵入の脅威に晒されていますが、身体の中にはリンパ球やサイトカインなどが織りなす精巧な免疫システムが存在し、侵入しようとする病原微生物を排除する役割を担っています。しかし病原微生物も私たちの免疫システムをくぐり抜ける様々な手段を進化させているため、免疫システムが突破されて発症することは少なくありません。さらには免疫システムの力だけでは治癒に至らないこともあります。そこでワクチンや抗ウイルス薬・抗菌薬が人類にとって大きな武器になっているわけですが、これらはすべての感染症をカバーできているわけではありません。また、病原微生物側の耐性獲得や、新興感染症の問題もあり、病原微生物との攻防は常に油断ならない状況が続いています。
病原微生物との果てなき攻防の一方で、私たちの身体は腸管や皮膚などにおいて微生物との共生関係を築いており、それらは私たちの生存にとって非常に重要な意味を持っています。排除か、共生か。微生物と私たちとの間における複雑な関係性を、免疫システムはどのようにコントロールしているのでしょうか。
統合感染免疫学研究室ではこのような微生物と免疫システムとのかかわりを解明するため、それぞれが相対する接点の生命現象に焦点を当てた研究に取り組んでいます。感染・共生について分子レベルの最前線を理解することで、感染制御・免疫制御を可能にする新たな創薬シーズの発見を目指します。
研究概要
免疫系と微生物とのかかわりを分子レベルで解明し、制御する
発がんウイルスによるユビキチン化を介した宿主免疫回避システム
ヒトの細胞はウイルスに感染した場合、それを免疫細胞(CD8+T細胞)に知らせるシステムを持っています。感染細胞を発見した免疫細胞が活性化してこれを排除することによって、ウイルス感染の蔓延を防いでいるのです。しかし、発がんウイルスであるカポジ肉腫関連ヘルペスウイルス(Kaposi’s sarcoma associated virus: KSHV)は、ヒト細胞がウイルス感染を免疫細胞に知らせる免疫関連膜タンパク質、MHCクラスI(MHC-I)を消失させることで、免疫から逃れて生き残ることができます(図1)。
この免疫回避を可能にしているのは、KSHVがつくるウイルスタンパク質、MIRです。MIRはMHC-Iをはじめとする様々な免疫関連膜タンパク質を識別して、それぞれにユビキチンという小型タンパク質を付加する酵素(ユビキチンリガーゼ)です。ユビキチンが付加された免疫関連膜タンパク質は細胞内に取り込まれるために細胞の表面から消えてしまいます(この現象をエンドサイトーシスといいます)。すなわちKSHV感染細胞ではMIRの標的となった免疫関連膜タンパク質が細胞表面から消失してしまい、免疫細胞に感染を知らせることができなくなっているのです。
私たちはKSHVの免疫回避分子であるMIRが免疫関連膜タンパク質を識別してユビキチン化するメカニズムについて、詳細に明らかにしようとしています。現在、KSHVに対する効果的な抗ウイルス薬はありませんが、私たちは免疫回避分子MIRの解析を起点にこれを制御する方法を見いだし、新たなカポジ肉腫治療法の開発につなげることを目指しています。
微生物叢と宿主免疫との相互作用
微生物は様々な病気の原因になる一方で、医薬品の製造や食材の発酵等、ヒトの生活に利益を与える共生関係にもあります。ヒトと微生物との共生関係が最も盛んなところは、どこだとおもいますか?それは私たちの体の一部「腸」なのです。
微生物のうち腸内にいる細菌群は腸内細菌叢と呼ばれています。この腸内細菌叢はヒトによって菌の量も構成も異なっており、こういった腸内細菌叢の変化は、食文化や衛生環境に影響を受ける事が知られています。例えば、海苔を食べる和食文化をもつ日本人の腸内細菌叢にのみ、アマノリ属の紅藻に含まれるポルフィランという多糖類を分解する酵素の遺伝子が見出されることが報告されています。
さらに、腸内細菌叢の刺激は私たちの免疫の発達にも重要であることがわかってきました(図2)。若齢期の腸内細菌叢を乱したマウスはアレルギーになりやすく、ある種の菌は過剰な免疫を抑制するリンパ球を増加させます。これは過去に提唱された「衛生仮説」を支持する結果でした。また、免疫の発達に影響を与える刺激は腸内細菌叢の物理的な刺激や代謝物を介した化学的な刺激であることもわかってきました。
私たちの研究室では腸内細菌叢を含む微生物との共生や制御について、様々な実験方法を用いて、多角的に解析しています。そして、腸内細菌叢を理解し、評価方法の構築や制御方法を確立することで、アレルギーや疾病等の予防・改善、さらには創薬等も含めて研究成果を社会に還元し、人類の健康の維持・促進に貢献することを目標としています。
免疫関連膜タンパク質のエンドサイトーシス機構
細胞の表面には様々なタンパク質が存在していますが、これらは細胞内へと適宜輸送されることにより、表面にある量をコントロールされています。これはエンドサイトーシスと呼ばれる現象です。エンドサイトーシスを受けるタンパク質の細胞質領域には、まずリン酸やユビキチンなどが付加されます。これらを足がかりにエンドサイトーシスに関連する各種タンパク質が集結・活性化することで、エンドサイトーシスが進行していくのです。免疫に関連する膜タンパク質群もエンドサイトーシスによるコントロールを受けていますが、その意義や分子機構については未だ不明な点が多く残っています。
私たちは免疫関連膜タンパク質をユビキチン化してエンドサイトーシスを引き起こすMIRに着目し、その機能について研究しています。
新しい抗菌薬を求めて
ペニシリンの発見以降、抗生物質をはじめとする抗菌薬は人類の生存に大きく貢献してきました。感染症に罹患した際に、抗菌薬の処方を受けた経験は誰しもが持っていると思います。しかし現代においては、汎用される抗菌薬に対する様々な薬剤耐性菌が出現しつつあります。また、人類にとって未知の細菌による新興感染症が発生するリスクもあります。そこで、これまでとは違う新しい作用機序を持つ抗菌薬の開発が常に求められています。
私たちは、未知なる天然物由来成分から抗菌薬を探し出す研究をしています。様々な生物が作り出す様々な化合物から抗菌活性を持つ物質をスクリーニングし、その殺菌・静菌効果や作用機序を明らかにすることで、未来の感染症治療を担う抗菌薬の開発を目指します。
教員紹介
金本 大成 教授 / 学位:博士(歯学)
- 研究分野:微生物学、細菌の病原性
- 担当科目:微生物学 (2年後期)
微生物免疫実習 (3年前期)
免疫学 (3年前期)
感染制御学 (3年後期)
新興感染症 (6年前期)
微生物学・感染症学の分野ではエイズや新型インフルエンザ、COVID-19などの新興感染症の出現など、緊急の問題が次々と出現しています。これらの解決のために薬学に求められる役割はとても大きくなっています。私の歯科医師および微生物研究者としての経験と工学、理学、農学など他分野の研究者との交流を活かして、学際的なアプローチで医療が抱える問題を解決できるような研究を行いたいと考えています。そして、これからの薬学を担う学生たちに講義や実習、研究活動を通して微生物学・感染症学の重要性と面白さを伝えていきたいと思っております。
浅井 大輔 准教授 / 学位:博士(理学)
- 研究分野:微生物学、生体材料学、生物化学
- 担当科目:微生物学 (2年後期 科目責任者)
微生物免疫実習 (3年前期 分担)
感染制御学(3年後期 分担)
薬学研究1(4年前期~5年後期 分担)
薬学研究2(4年前期~5年後期 分担)
基礎薬学総合演習(5年通年 分担)
新興・再興感染症 (6年前期 分担)
アドバンスト薬学研究(6年前期 分担)
薬学研究3(6年前期 分担)
最終総合演習(6年後期 分担)
コロナ禍の状況により多くが控えられたなか、2020年9月に異動して参りました。専門は微生物学と生体材料学で、化学(理-生物化学)のバックグラウンドを基軸に生物化学工学の実験的アプローチにより抗微生物薬・抗癌薬に対する新奇ドラッグデザイン手法を開拓し、アカデミア発のアイデアとして社会に発信しています。教育活動では、本学薬学生をはじめ、医学生・看護学生への微生物・感染症学領域の教育に長らく携わってきました。薬学の基盤は科学であり、薬剤師は生涯にわたり研究マインドの持続が望まれ、一方で、チーム医療が進む社会情勢の中で医療人としての薬剤師が求められています。科学研究と医療人教育の両活動での経験やネットワークを活かしながら、臨床現場での医療従事者の声に耳を傾け続け、医療が抱える問題を解決するシーズを生み出すような基礎研究および教育活動を行いたいと考えています。
梶川 瑞穂 講師 / 学位:博士(理学)
- 研究分野:ウイルス学、構造生物学、タンパク質科学
- 担当科目:微生物免疫実習 (3年前期)
免疫学 (3年前期)
新興感染症 (6年前期)
病原微生物と私たちとが織りなす様々な関係性(共生や攻防)を突き詰めて考えていくと、最終的には病原微生物の分子とヒトの分子との間に生じる原子レベルの物理化学的な相互作用にたどり着きます。私たちは免疫を回避する発がんウイルスに対する創薬を目指し、特にそのウイルスが持つ免疫回避タンパク質がヒト免疫タンパク質を認識する作動原理の解明に取り組んでいます。
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